日本人英語学習者は、内気な完璧主義者?(日本語訳)
ニコラス・ガチィッグ
2010年9月23日のJapan Timesには、ミナミカエさんの興味深いインタビューが掲載されていました。彼女は、翻訳家であり在日の外国人へ日本語を教え日本人に英語を教えています。
ミナミさんは、日本人の英語学習者について『もしもあなたが内気な完璧主義者だったら、コミュニケーションするのは難しいでしょう。それこそが、多くの日本人が英語を話せない原因です。細かいことで頭がいっぱいなんですよ。』と述べています。
私は、彼女のインタビューを読んで、先日の中級レベルの生徒との英語レッスンを思い出しました。その生徒は日本の侍について話をしていて、私は、彼女が侍を好きな理由を訊ねました。沈思黙考、彼女は何も話せませんでした。何分かの努力の後、彼女は、悔しさの中あきらめてしまいました。コミュニケーションは存在しませんでした。
彼女に、何故答えることができなかったのかを訊ねたら、日本語での回答を完璧に英訳しようとしていたのですと言ました。彼女は英語で間違いをすることを恐れ、正確な意味を得る為に必至になっていたのです。大したことのない詳細を気にしすぎる余り、結果として何も話すことができなかったのです。
多くの日本人生徒が、英語を話そうとする時この問題を抱えています。高校での英語授業は、たいていが日本語から完璧な英語へ翻訳する練習を意味します。テストでの高得点が、有効なコミュニケーションより重要なのです。付け加えれば、完璧を目指すのは日本の一つの文化でもあります。しかし、他言語を学ぶ際には、それは不可能です。日本語から英語へ翻訳しようとすれば、会話はより難しくなります。
他言語の会話を学ぶということは、整然として規則正しい過程ではありません。そこには混乱があり、間違うことでより良くなることが出来るのです。生徒がレッスンで全く間違いをしなければ、必要なリスクを冒していないということになります。生徒が、安全に良く知っていることばかり話をしていれば、講師が上達に手助けをすることは出来ません。
講師や他の生徒の前で完璧である必要はありません。つまるところ、練習と継続したアウトプットにより生徒は上達するのです。レッスンの中で、たった1つや2つの文章が完璧であったとしても、上達はしません。
私は、この考えを先の生徒に説明しました。また、クラスでの間違いは実世界でのそれよりはるかにましであり、チャレンジしリスクをとることは、英語を学ぶ上では必要不可欠であることも話しました。
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